大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成6年(ワ)6451号 判決

原告

里見和夫

外六名

右原告ら訴訟代理人弁護士

浦功

小田幸児

新井邦弘

池田直樹

板垣善雄

井上英昭

上野勝

上原康夫

氏家都子

内海和男

江野尻正明

大川一夫

太田小夜子

大野康平

岡本栄市

奥村秀二

片見冨士夫

金井塚康弘

金子利夫

加納雄二

冠木克彦

菊池逸雄

岸上英二

北本修二

木村雅史

甲田通昭

越尾邦仁

後藤貞人

小林邦子

在間秀和

桜井健雄

千本忠一

空野佳弘

高階叙男

武村二三夫

津田尚廣

中島光孝

永嶋靖久

仲田隆明

中村真喜子

丹羽雅雄

福原哲晃

松本剛

松本健男

松本康之

山上益朗

幸長裕美

養父知美

吉岡一彦

被告

医療法人北錦会

右代表者理事長

川井謙一

外四名

右被告ら訴訟代理人弁護士

中藤幸太郎

笹山利雄

吉永透

今中道信

西村清治

守山孝三

安野仁孝

松本誠

右笹山利雄訴訟復代理人弁護士

鳥川慎吾

主文

一  被告らは、各自、

1  原告里見和夫に対し、金二〇万円及びこれに対する平成五年四月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を、

2  原告大槻和夫及び同丸山哲男に対し、それぞれ金二〇万円及びこれに対する平成五年五月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を、

3  原告重村達郎に対し、金四〇万円及び内金二〇万円に対する平成五年五月八日から、内金二〇万円に対する同年八月一二日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を、

4  原告竹下政行に対し、金二〇万円及びこれに対する平成五年八月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、

5  原告位田浩及び同宮島繁成に対し、それぞれ金二〇万円及びこれに対する平成六年二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、

それぞれ支払え。

二  原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、各自、

一  原告里見和夫に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成五年四月二〇日(不法行為の日。以下同じ)から支払済みまで年五分の割合による金員を、

二  原告大槻和夫及び同丸山哲男に対し、それぞれ金一〇〇万円及びこれに対する平成五年五月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を、

三  原告重村達郎に対し、金二〇〇万円及び内金一〇〇万円に対する平成五年五月八日から、内金一〇〇万円に対する同年八月一二日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を、

四  原告竹下政行に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成五年八月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、

五  原告位田浩及び同宮島繁成に対し、それぞれ金一〇〇万円及びこれに対する平成六年二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、

それぞれ支払え。

第二  事案の概要

本件は、大阪精神医療人権センター(以下「人権センター」という。)に所属する原告ら弁護士が、被告医療法人北錦会(以下「被告北錦会」という。)開設にかかる大和川病院(以下「本件病院」という。)に入院中の患者に面会を求めたところ、その面会申入れが違法に拒絶されたため精神的苦痛を被ったとして、被告北錦会のほか、右病院院長及び事務長らを被告として損害の賠償(慰謝料)を求めた事案である。

一  前提事実(争いのない事実及び証拠によって容易に認められる事実。以下「争いのない事実」という。なお、証拠の摘示のない事実は争いのない事実である。)

1  当事者

(一) 人権センターは、精神医療の改革や精神障害者の人権擁護を目的として、昭和六〇年一一月に設立された民間のボランティア団体であり、医療従事者、精神障害者及びその家族、弁護士等により構成されている(甲四、五)。原告らは、いずれも人権センターに所属する弁護士である。山本深雪こと須原弘子(以下「須原」という。)は、人権センターの事務局長であるが、弁護士資格は有していない。

(二) 被告北錦会は、大阪府柏原市内に本件病院を開設していた医療法人である。同病院の診療科目は精神科及び神経科であり、開放病棟と閉鎖病棟を設置していた。

なお、被告北錦会は、平成九年一〇月一日、大阪府知事が設立認可を取り消したことにより解散となり、現在は、清算法人として存続している(甲三〇三)。

(三) 被告安田基隆(以下「被告安田」という。以下、その余の被告ら及び原告らについても姓のみで表記する。)は、大阪市住吉区内で安田病院(標榜科目は内科及び放射線科)を営む医師である。

(四) 被告川井及び同春日は、本件病院に勤務していた医師であり、被告川井は平成五年五月八日ころまで同病院の院長であった者であり、被告春日は同日ころ以降同病院の院長となった者である。

(五) 被告山口は、昭和五二年から本件病院の事務長の地位にあった者である。

2  平成五年四月二〇日までの面会の状況

(一) 平成五年二月二二日(以下、年度について特に記載しない限りは、平成五年の出来事である。)、朝日新聞の夕刊に「患者 暴行受け?死亡」のタイトルで、同月二日に精神分裂病と診断されて本件病院に入院していた男性の入院患者が、同月三日に病棟内で別の入院患者から受けた暴行により、胸部(肋骨)骨折、頭蓋骨亀裂骨折等の傷害を負い、同月一五日に八尾病院に転院したこと、同月二一日に右患者が死亡したことなどを内容とする記事が掲載された(以下、右の事件を「患者死亡事件」という。)。右記事が掲載された後、本件病院の入院患者から人権センターに対し面会の依頼が寄せられるようになった。

(二) 本件病院の入院患者三名から人権センターに面会の依頼があったことから、三月一九日、原告大槻、須原ほか一名(以下「原告大槻ら」という。)が本件病院を訪れ、右患者らとの面会を申し入れたところ、右面会申入れ後すぐに、一階の応接室において右患者らと面会することができた。人権センターのメンバーが本件病院において入院患者と面会するのは同日が最初であったので、原告大槻らは、右面会終了後、本件病院の当時の院長であった被告川井に対し、弁護士と患者との面会について問い質したところ、被告川井は、面会は認められると述べた。また、原告大槻らが被告川井に対し、今後弁護士等が入院患者と直接連絡を取りたいので、各病棟に設置してある公衆電話の電話番号を教えてくれるよう申し入れたところ、被告川井は、これに応じて、右電話番号を教えた。

(三) 四月三日、原告位田及び須原は、人権センターに弁護士との面会を依頼した入院患者と面会するため、本件病院を訪れたところ、面会を拒否されることなく、入院患者と面会することができた。また、同月一六日、人権センターに所属する内海和男弁護士ほか一名は、人権センターに弁護士との面会を依頼した入院患者と面会するため、本件病院を訪れ、六名の入院患者と面会することができた。

(四) 以上の各面会に際し、人権センターのメンバーは、患者との面会のために本件病院に赴くことにつき事前に連絡することはなかったが、本件病院側は、これらの面会を拒絶することもなく、保護義務者の同意を要求するようなこともなかった。しかも、弁護士だけでなく、弁護士以外の人権センターのメンバーと入院患者との面会をも容認していた(以上(一)ないし(四)につき、甲三五、乙二、二五、二八、三五、原告里見、同大槻、被告川井、同山口)。

3  面会申入れとその拒絶

(一) 平成五年四月二〇日の事件―原告里見の面会申入れ(以下「四・二〇事件」という。)

四月二〇日午前一〇時ころ、原告里見は、本件病院に入院中の患者である「A(以下「A」という。)」との面会を求めたが、被告山口は、閉鎖病棟の面会時間が午後一時半から同三時までであることなどを理由として、原告里見の面会要求を拒否した。

同日午後一時半ころ、原告里見が改めて「A」との面会を申し入れたところ、被告山口は、A名義の「恐れいりますが、退院の件は院長先生にお任せします。弁護士の先生は結こうです。すいませんが帰って下さい。」と記載されたメモ書き(甲一三)を示して、その面会要求を斥けた。

(二) 平成五年五月八日の事件―原告丸山、同大槻及び同重村の面会申入れ(以下「五・八事件」という。)

五月八日午後一時半ころ、右原告ら三名(以下「原告丸山ら」という。)は、須原、人権センター所属の精神科医二名、国会議員二名及びテレビ局記者等とともに本件病院を訪れ、入院患者であるB、C、D及びE(以下、それぞれ「B」「C」「D」「E」といい、以上の四名を「Bら四名」という。)との面会を申し入れた。

右のうち、保護義務者が来院していたBとの面会は実施されたが、他の患者三名(以下「Cら三名」という。)との面会要求は拒否された。

(三) 平成五年八月一二日の事件―原告竹下及び同重村の面会申入れ(以下「八・一二事件」という。)

右原告ら(以下「原告竹下ら」という。)は、八月一二日午後二時ころ、本件病院を訪れ、入院患者であるF、G、H及びI(以下、それぞれ「F」「G」「H」「I」といい、以上の四名を「Fら四名」という。)との面会を申し入れた。

右のうち、Fとの面会は実施されたが、被告山口は、本人が面会を希望しないとの理由で、他の三名の患者(以下「Gら三名」という。)との面会を拒絶した。

原告竹下らが、本件病院の右対応について大阪府環境保健部健康増進課(以下「府健康増進課」という。)に電話で苦情を述べたところ、同課担当者が「面会拒絶の意思は直接患者から弁護士に伝えさせるように」と指導したため、被告山口は、右指導に従って、Gら三名との面会を実施した。

(四) 平成六年二月二日の事件―原告位田及び同宮島の面会申入れ(以下「二・二事件」という。)

右原告ら(以下「原告位田ら」という。)は、平成六年二月二日午後二時ころ、本件病院を訪れ、入院患者であるJ、K、L、M及びN(以下、それぞれ「J」「K」「L」「M」「N」といい、以上の五名を「Jら五名」という。)との面会を申し入れた。

右のうち、Jとの面会は実施されたが、他の四名の患者(以下「Kら四名」という。)との面会は、「患者本人が面会を望んでいない」などの理由で拒絶された。

原告位田らが、本件病院の右対応について府健康増進課に電話で苦情を述べたところ、同課担当者が来院し、「面会拒絶の意思は直接患者から弁護士に伝えさせるように」と指導したので、右指導に従って、Kら四名との面会が実施された。

二  法令及び通達関係

1  平成七年法律第九四号による改正前の精神保健法(以下「精神保健法」という。)三六条二項は、「精神病院の管理者は、前項の規定にかかわらず、信書の発受の制限、都道府県その他の行政機関の職員との面会の制限その他の行動の制限であって、厚生大臣があらかじめ公衆衛生審議会の意見を聴いて定める行動の制限については、これを行うことができない」と規定している。そして、これに基づく昭和六三年四月八日厚生省告示第一二八号「精神保健法第三六条第二項の規定に基づき厚生大臣が定める行動の制限」は、その第三号において、「都道府県及び地方法務局その他の人権擁護に関する行政機関の職員並びに患者の代理人である弁護士及び患者又は保護義務者の依頼により患者の代理人となろうとする弁護士との面会の制限」を掲げている(甲一。以下「厚生省告示一二八号」という。)。

2  精神保健法三七条一項は、「厚生大臣は、前条に定めるもののほか、精神病院に入院中の者の処遇について必要な基準を定めることができる」と規定している。そして、これに基づく昭和六三年四月八日厚生省告示第一三〇号「精神保健法第三七条第一項の規定に基づき厚生大臣が定める処遇の基準」は、その第二の一(一)、(三)において、「精神病院入院患者の院外にある者との通信及び来院者との面会(以下「通信・面会」という。)は、患者と家族、地域社会等との接触を保ち、医療上も重要な意義を有するとともに、患者の人権の観点からも重要な意義を有するものであり、原則として自由に行われることが必要である」「電話及び面会に関しては患者の医療又は保護に欠くことのできない限度での制限が行われる場合があるが、これは、病状の悪化を招き、あるいは治療効果を妨げる等、医療又は保護の上で合理的な理由がある場合であって、かつ、合理的な方法及び範囲における制限に限られるものであり、個々の患者の医療又は保護の上での必要性を慎重に判断して決定すべきものである」と規定している(甲二。以下「厚生省告示一三〇号」という。)。

3  通達「精神衛生法等の一部を改正する法律による改正後の精神保健法の運用上の留意事項について」(昭和六三年五月一三日健医精発第一六号厚生省保健医療局精神保健課長通知)は、その第六「行動の制限その他の入院患者に係る処遇について」の2項において、「昭和六十三年四月厚生省告示第一二八号第三号に規定する『患者の代理人となろうとする弁護士』が患者との面会を求める場合においては、当該弁護士は、その氏名及び所属弁護士会名、代理人になろうとする患者の氏名、並びに患者本人又は保護義務者の依頼を受けて代理人になろうとするための面会である旨を書面をもって明らかにしなければならないものであること。ただし、どのような方法により依頼を受けたか(依頼ルート、依頼書類等)については明らかにする必要はないこと」を掲げている(甲三。以下「本件通達」という。)。

三  争点1―弁護士と患者との面会を拒絶ないし制限することの違法性

1  総論

(原告らの主張)

精神保健法三六条及び厚生省告示一二八号によれば、精神病院の管理者が、患者の代理人である弁護士及び患者又は保護義務者の依頼により患者の代理人となろうとする弁護士と患者との面会を制限することは一切許されない。

ところで、精神保健法三七条及び厚生省告示一三〇号によれば、入院患者と院外の者とが面会することは原則として自由であると考えられるにもかかわらず、精神保健法三六条及び厚生省告示一二八号によって、患者と患者の代理人である弁護士及び患者又は保護義務者の依頼により患者の代理人となろうとする弁護士との面会を一切制限することを許さないとした趣旨は、精神病院への入院に伴い身柄を拘束された入院患者が、自己の権利を守るためには、弁護士と面会することにより、効果的な法律上の助言を受ける機会を保障され、また、自己の入院や処遇の不当性を争う機会が保障されることが重要とするものである。

このように、弁護士との面会権は、入院患者にとって自己の権利を守るため不可欠の権利であり、それ故、入院患者から依頼を受けた弁護士がその当該患者と面会することを妨害することは違法である。

(被告らの主張)

実定法上も解釈上も原告らが主張する面会権は存在しない。原告らが援用する厚生省の告示は、行政上の命令・指示の類であって、民事法規とは異質のものであるから、これに違反したからといって、直ちに民事上(私法上)の権利ないしは法的利益の侵害とはならない。

また、精神保健法三六条二項及び厚生省告示一二八号は、入院中の患者の利益を保護する趣旨のものであって、その患者との面会を求めようとする者自体を保護する趣旨のものではないから、右の法令から面会を求める者の側の権利、法的利益を導き出すことはできない。

2  本件全事件に関する違法性阻却事由―人権センターの活動の違法性

(被告らの主張)

須原は、人権センターの事務局長として、本件病院の入院患者から弁護士との面会依頼の要請を受理し、これを原告ら人権センター所属の弁護士に配点している。右須原の受理、配点事務は、非弁護士による弁護士業務に当たるし、また、須原が右事務を行うに当たって無報酬で働いているとは考えられないので、右須原の受理、配点事務は、弁護士法七二条に違反する非弁行為に該当する。

そしてまた、原告らは、それぞれ、各固有の法律事務所を設置しているにもかかわらず、精神科病院の各種の非違行為の摘発を目的とする活動を行うために人権センターの事務所を設置していることになるから、複数の法律事務所を設けていることに当たり、弁護士法二〇条三項本文に違反する。

したがって、本件各事件において、原告らは、人権センターから右非弁行為である配点を受けて患者との面会に赴いたものであるから、「患者の依頼により患者の代理人となろうとする弁護士」とはいえず、被告らが原告らと患者との面会を制限しても違法ではない。

(原告らの主張)

非弁活動とは、弁護士でない者が、報酬を得る目的で訴訟事件等法律事件に関して代理等の法律事務を取り扱い、または、これらの周旋をすることを業とすることをいうところ、人権センターは、精神障害者の人権擁護のための様々な活動をしているのであって、法律事務を取り扱ったり、その周旋を行っていないし、報酬を受け取ったこともない。本件各原告弁護士は、人権センター事務局が受理した事件の配点を受けたことはなく、また、右事務局所在地において法律事務を行ったこともないから、複数の法律事務所を設けていることにはならない。

四  争点2―本件各事件の態様と違法性

1  四・二〇事件について

(原告らの主張)

(一) 事件の態様について

(1) 四月二〇日の午前中、被告山口ら本件病院職員は、前記Aとの面会を申し入れた原告里見に対し、「午前中は面会時間外だ」「保護義務者の同意を得ていなければ面会させない」「そもそもあんたが弁護士だという証明はどこにあるのか」などと述べて面会を拒み、原告里見の法令に基づく説明に耳を貸さず、種々の口実を設けて、面会妨害を続けた。

(2) 同日午後、原告里見が再度Aとの面会を申し入れたところ、被告山口は、A作成名義の前記メモ書き(甲一三)を示して、右申入れを拒絶した。これに対し、原告里見は、右メモ書きがAの真意に基づいて記載されたものであるかを確認するためにA本人に面会したいと申し入れたが、被告山口はこれを聞き入れなかった。

なお、右メモ書きは、被告山口及び同春日がAに働きかけて、その意思に反して作成させたものであった。

(二) 被告らの後記(二)の主張に対する反論

(1) 原告里見は、四月一九日、Aから面会に来て欲しいとの要請を受けたのであるから、「患者の依頼により患者の代理人となろうとする弁護士」に該当する。

(2) 原告里見が、O、F、Pについて、姓しか示さなかったのは事実であるが、入院病棟を明示していた。原告里見は、「同じ病棟に同姓の患者がいるのか確かめて欲しい。もしその姓の患者が一名しかいなければ、その患者が面会対象者である。」と申し入れたが、被告山口はこれを聞き入れなかった。

ところで、患者からの依頼の疑いの有無を病院側が判断して面会を拒絶できるとする被告らの主張は、病院による恣意的な面会制限を許すものであり、患者又は保護義務者の依頼により患者の代理人となろうとする弁護士と患者との面会の制限を禁止している趣旨に反する。また、本件通達によれば、どのような方法により依頼を受けたかについて明らかにする必要がないのであるから、患者からの依頼の疑いの有無を病院側が判断して面会を拒絶することはできない。さらに、どのような方法により依頼を受けたかを明らかにすることは、弁護士法二三条に定める守秘義務に違反するおそれがある。

(3) 病院が患者本人に面会の意思を確認する義務はないし、患者の意思の名のもとに病院側の恣意で面会を制限することは許されない。

(被告らの主張)

(一) 事件の態様について

(1) 四月二〇日の午前中、被告山口ら病院職員が原告里見に対して身分の証明を迫った事実はない。被告山口は、「弁護士であるから面会時間にかかわらずいつでも患者と自由に会える」との原告里見の権威的、威圧的な言動に対し反発したことはあるが、同原告を贋弁護士扱いしたわけではない。原告里見に応対した被告山口は、同原告に対し、「診療時間中でもあり、午後一時ころ以降入院患者との面会を受け付けるので、そのころおいで願いたい」と述べたところ、同原告はこれを了承して一旦退去したのであるから、面会妨害とはいえない。

(2) 同日午後一時過ぎころ、原告里見が再度来院したが、それ以前にAの主治医であった被告春日が、Aに対し、同原告が面会を求めている旨を伝えたところ、A自ら、弁護士とは会わない旨のメモを書いて面会の謝絶を申し出たため、被告山口は、これを同原告に伝えたにすぎず、面会妨害とはいえない。また、原告里見が、被告山口に対して、Aに面会して右メモ書きが真意に基づくものかどうか確認したい旨申し出た事実はない。

(二) 違法性について

(1) Aが面会を依頼したのは人権センターであって、原告里見ではなかったから、同原告は「患者の代理人となろうとする弁護士」ということはできず、したがって、被告山口らがその面会申入れを拒否しても違法ではない。

(2) 原告里見は、同日午前一〇時ころ、Aほか三名の入院患者との面会を要請したが、右三名については、判明していたのは姓だけで名は明らかでなかった。また、その姓も「O」「F」「P」という同姓の多いものであったから、Aも含めて、本件病院に入院している患者から原告里見に依頼があったかどうか、にわかに措信し難い面があった。

ところで、一般的には、「患者の代理人となろうとする弁護士」が、どのような方法により依頼を受けたかについては、これを明らかにする必要はないとしても、患者から正規に依頼を受けたものでないとの疑いがある場合には、患者から依頼を受けた事実を明らかにする必要がある。

したがって、右のように、本件においては、原告里見が患者から面会の依頼を受けたか疑わしかったのであるから、その面会申入れを拒否しても違法ということはできない。

(3) 弁護士が患者との面会を要請したとき、病院側が、患者本人に意思を確認することは義務であり、入院患者に対する治療と保護の義務を持っている病院側としては当然のことであるから、そのことが、精神保健法上違法ということはできない。そして、Aが主治医である被告春日に対し、弁護士と会わない旨のメモまで書いて面会の謝絶を申し出たので、被告山口は、その意思に従い、面会手続を取らなかったにすぎない。

2  5.8事件について

(原告らの主張)

(一) 事件の態様について

(1) 五月八日午後一時半ころ、原告丸山らは、前記Bら四名の入院患者との面会を申し入れたが、病院側は一向に面会手続を取ろうとしなかった。そこで、原告丸山が、被告川井に対して、「患者と面会したいということで、ずっとお願いしているのだが」と言ったところ、被告川井は、「保護者の同意がない限り面会させない」と言って面会要求を拒絶した。被告春日も、「家族の同意書がない限り面会させない。法律論はともかく、患者が病院側に扱いを任せると言っている。」「事前の予告なく急に来たから会わさない」などと述べて面会要求を拒絶した。

(2) しかも、被告春日は、Cら三名の患者を病院詰所に呼び出し、同被告が作成した文案を示し、右患者らの意思に反して、「今後の入退院については病院側の指示に従います。弁護士等利用は一切致しません。」などという内容のメモを書かせた上、右メモ書きを原告丸山らに示して面会を拒んだ。

(3) 原告丸山らが、被告春日の右行為に抗議すると、同被告は、何者かの指示を仰いだ上で、「弁護士でも面会は許されない。これは病院の顧問弁護士の見解でもある。」と言った。そこで、原告丸山らが、当日同行していたBの家族から委任状をもらい、これを被告春日に提示したところ、ようやくBとの面会が実現した。

(4) Bとの面会後、原告丸山らは、右メモ書きがCら三名の患者の真意に基づくものか否かの確認のため五分だけでも面会させて欲しい、面会には被告春日らが立ち会ってもらってもかまわない旨申し出たが、同被告はこれを拒否した。

(5) 結局、原告丸山らは、被告川井及び同春日による面会妨害行為によって、Bを除くCら三名の患者と面会することができなかった。

(二) 被告らの後記(二)の主張に対する反論

(1) Bらは、人権センターが連絡した弁護士に代理人になってもらうよう依頼し、原告丸山らは、その意思を踏まえて「患者の代理人となろうとする弁護士」として、Bらとの面会を申し入れたのであるから、「患者の代理人となろうとする弁護士」といえる。

(2) 前記1原告らの主張(二)(2)と同じ。

(3) 原告丸山らとともに本件病院を訪れた土肥隆一衆議院議員(以下「土肥議員」という。)が、被告川井及び同春日に面談を申し入れたところ、被告川井がこれを快く承諾したことから、原告丸山らと被告川井及び同春日との面談が始まった。また、その面談の雰囲気も至って穏やかで、原告丸山らは礼儀を十分に弁えながら丁寧に質問し、これに対して、被告川井及び同春日は、その診断に基づく医師としての所見を、時には笑顔も交えながら述べており、強圧的な責任追及や吊し上げをした事実はない。

被告川井及び同春日は、様々な口実を設けて原告丸山らと入院患者との面会を拒否しようとし、さらに、被告春日は、患者に弁護士とは会わないとのメモを書かせて、面会を拒否しようとしたのであるから、面会を妨害したということができる。

(4) 前記1原告らの主張(二)(3)と同じ。

(被告らの主張)

(一) 事件の態様について

(1) 被告川井は、入院患者との面会についてはその所管ではなく、これについて原告丸山らに応対していたのは被告春日のみである。

(2) 被告春日は、患者の意思に反してメモを書かせていない。

(3) 原告丸山ら弁護士三名を含む一団の行動が後記(二)(3)記載のとおり不当で病院の運営を阻害するものであったので、入院患者の意思も考慮して面会手続を取らなかったものであり、面会を妨害したわけではない。

(二) 違法性について

(1) 前記1被告らの主張(二)(1)の場合と同様、Bら入院患者が面会を依頼したのは人権センターであって、原告丸山らではないから、原告丸山らは「患者の依頼により患者の代理人となろうとする弁護士」には当たらず、その面会申入れを拒否しても違法ではない。

(2) 原告丸山らは、面会申入れに際して、患者から面会を依頼されたと言うだけで、何ら依頼状況の説明はなく、真実患者から面会の依頼を受けたか疑わしかった。したがって、前記1被告らの主張(二)(1)で述べたように、被告らにおいて右の面会申入れを拒否しても違法ということはできない。

(3) 被告春日が、原告丸山らの面会要請に対して消極的な姿勢をとった原因は原告側にある。すなわち、奇襲ともいうべき国会議員二名を含む大勢の者の来院、前記一2(一)記載の患者死亡事件についての被告川井に対する強圧的な責任追及、報道記者らしき者による撮影行為等、病院内を混乱させ、病院の幹部医師をいわば吊し上げにした挙げ句の患者四名に対する非常識な面会要請に対し、患者の真意を確かめてみようと考えるのは、患者の治療に責任を持つ医師として無理からぬことである。

このように原告丸山らの行動が極めて不当であったので、入院患者に弁護士との面会意思を確認したところ、是非面会したいとの意向ではなかったことから、敢えて面会させる手続を取らなかったのであって、かかる経緯からすれば、病院側が原告丸山らの面会要請に応じなかったことには、社会的に見て是認され得る相当の理由があったのであるから、違法ではない。

(4) 前記1被告らの主張(二)(3)で主張したとおり、弁護士が患者との面会を要請したとき、病院側が患者本人の意思を確認することは義務であり、入院患者に対する治療と保護の義務を持っている病院側としては当然のことであるから、そのことが違法ということはできない。そして、Cら三名が面会を希望しなかったので、その意思に従い、面会手続を取らなかったにすぎない。

3  8.12事件について

(原告らの主張)

(一) 事件の態様について

(1) 原告竹下らが、本件病院の入院患者であるFら四名との面会を申し入れたところ、被告山口ら本件病院の職員は、弁護士と会わないとの内容のGら三名が作成したという書面を示して、「患者が会わないと言っている」と述べて、右面会申入れを拒否した。

(2) これに対し、原告竹下らが、「患者本人が弁護士に会いたくないと言っているかどうか現実に確認する必要があるので面会する」と述べたが、被告山口ら事務職員は、これを頑強に拒んで面会を妨害した。

(3) なお、右の各書面は、GとHについては、退院約束と引換えにするとの利益誘導を受けて書いたものであるし、Iについては、その意思に反して書かされており、いずれもその真意に基づいて作成されたものではなかった。

(二) 被告らの後記(二)の主張に対する反論

(1) 前記2原告らの主張(二)(1)の場合と同様、Fら四名は、人権センターが連絡した弁護士に代理人になってもらうよう依頼し、原告竹下らは、その意思を踏まえて「患者の代理人となろうとする弁護士」として、右四名との面会を申し入れたのであるから、「患者の代理人となろうとする弁護士」といえる。

(2) 前記1原告らの主張(二)(2)と同じ。

(3) 前記1原告らの主張(二)(3)と同じ。

(4) 緊急性は面会の要件とはなっていない。

(被告らの主張)

(一) 事件の態様について

(1) 原告竹下らから、Fら四名の入院患者との面会要請があり、被告春日において右四名に面会の意思確認を行ったところ、F以外のGら三名にはいずれも面会の意思がなかったので、その旨の書面を作成させた。右書面の作成につき、病院側が利益誘導等の工作をした事実はない。そして、患者本人が弁護士との面会を希望しなかったことから、その旨を原告竹下らに伝えて面会を実施しなかったにすぎず、面会を妨害したわけではない。

(2) なお、府健康増進課の課員が来院し、被告山口に対し、「本人が面会したくないと言っているのなら本人から直接に原告竹下らに伝えさせるように」との指導があったことから、患者らは面会を希望していなかったけれども、被告山口は、右指導に従ってそのように実行し、原告竹下らは患者と面会することができた。よって、被告山口が面会を妨害したとはいえない。

(二) 違法性について

(1) 前記1、2の場合と同様、Fら入院患者が面会を依頼したのは人権センターであって、原告竹下らではないから、同原告らは、「患者の依頼により患者の代理人となろうとする弁護士」には当たらない。

(2) 右面会申入れに際して、原告竹下らは、患者から面会を依頼されたと言うだけで、何ら依頼状況の説明はなく、真実患者から面会の依頼を受けたか疑わしかった。したがって、前記1被告らの主張(二)(2)で述べたように、被告らにおいて右の面会申入れを拒否しても違法ということはできない。

(3) 前記1被告らの主張(二)(3)で主張したとおり、弁護士が患者との面会を要請したとき、病院側が患者本人の意思を確認することは義務であり、入院患者に対する治療と保護の義務を持っている病院側としては当然のことであるから、そのことが違法ということはできない。そして、Gら三名が面会を希望しなかったので、その意思に従い、面会手続を取らなかったにすぎない。

(4) 八月一二日より前に、Iは六月五日、同月二八日、七月一六日の三回、Hは六月二八日、七月一六日の二回、Gは同日の一回、それぞれ人権センター所属の弁護士と面会しており、面会に緊急性があるとはいえない。

4  2.2事件について

(原告らの主張)

(一) 事件の態様について

(1) 原告位田らは、平成六年二月二日午後二時五分ころ、前記Jら五名との面会を申し入れたが、三〇分以上経過しても面会手続が取られなかったため、右原告らが病院側に事情説明を求めると、被告山口は、「お待ち下さいと言われたら待ってたらええ」「なんでいちいち待つ理由を説明せなあかんのや。弁護士をカサに着ているのか。」などと暴言を吐いた。

(2) 原告位田らは、同日午後二時五五分ころになってようやくJと面会することができたものの、被告山口は、「他の四名の患者のうち二名は、弁護士とは会わない旨のメモを書いているので、会わせられない。また、残りの二名は該当する名前の患者がいない。」と言って面会を拒絶した。

しかし、右面会謝絶のメモは病院側が患者の意思に反して書かせたものであるし、また、「該当する名前の患者がいない」とされた二名については、面会申入書記載の名前の一部が平仮名になっていたことを口実にしたものにすぎなかった。

(3) 被告春日及び同山口は、同日午後三時二〇分ころから約一時間にわたり、一〇数名から多いときは三五名もの白衣の集団を動員し、原告位田らを取り囲んで面会要請に対し威圧を加えた。

(4) また、被告春日及び同山口は、府健康増進課の担当者が原告宮島と入院患者を面会させるよう指導したにもかかわらず、患者の面会を断る旨のメモ及び面会申入書の氏名の記載を盾に、約一時間面会を拒絶した後、渋々、右指導に応じたにすぎない。

(二) 被告らの後記(二)の主張に対する反論

(1) 前記2原告らの主張(二)(1)の場合と同様、Jら五名は、人権センターが連絡した弁護士に代理人になってもらうよう依頼し、原告位田らは、その意思を踏まえて「患者の代理人となろうとする弁護士」として、右五名の患者との面会を申し入れたのであるから、「患者の代理人となろうとする弁護士」といえる。

(2) 前記1原告らの主張(二)(2)と同じ。

(3) 一般人との場合ですら、面会は原則として自由であり、氏名の記載が一部平仮名表記となっていたという程度の理由で面会を制限できるものではないことは明らかである。ましてや、弁護士との面会において、かかる枝葉末節の事由で面会を制限できるはずがない。本件通達が、患者の氏名を明らかにするように求めているのは、ただ単に患者を特定することの便宜のためにすぎない。

(4) 前記1原告らの主張(二)(3)と同じ。

(5) 原告位田は、病院側が故意に対応を遅らせたことによって、二時間以上待たされた末、帰らざるを得なかったのであるから、原告位田に対する面会妨害以外のなにものでもない。

(被告らの主張)

(一) 事件の態様について

(1) 被告山口が原告ら主張のような暴言を吐いた事実はない。同被告は、この日、午後四時ころ外出先から帰院したが、そのころ既に原告位田らはJと面会していたのであるから、原告らが主張する時刻に暴言を吐くことはあり得ない。

(2) 本件病院側が、入院患者に対し、その意思に反して面会謝絶のメモを書かせた事実はない。また、被告山口は、原告位田らの面会申入書の記載の氏名が不正確であったので、面会させることに消極的であったが、大阪府職員の指導があったので、これに応じて面会手続を取ったのであるから、面会を妨害したとはいえない。

(3) また、白衣の集団が原告位田らを威圧した事実はない。午後五時ころ、看護職員が五〇名ほど点呼のために事務室に集合するのを見誤ったものと思われる。

(二) 違法性について

(1) 前記1ないし3の場合と同様、Jら五名の入院患者が面会を依頼したのは人権センターであって、原告位田らではないから、原告位田らは「患者の依頼により患者の代理人となろうとする弁護士」には当たらず、その面会申入れを拒否しても違法ではない。

(2) 面会申入れに際して、原告位田らは、患者から面会を依頼されたと言うだけで、何ら依頼状況の説明はなく、真実患者から面会の依頼を受けたか疑わしかった。したがって、前記1被告らの主張(二)(2)で述べたように、被告らにおいて右の面会申入れを拒否しても違法ということはできない。

(3) 入院患者の依頼によりその代理人となろうとする弁護士が、当該患者との面会を申し入れるに際しては、患者の特定のために、正確な氏名を表示すべき義務がある。本件においては、「Lたろう」「Nはな子」という氏名の記載が正確性に欠けていたので、その補正を求め、補正を得た後に、面会させる旨回答したものであるから、平仮名表示をもって面会拒否の理由としたことは正当である。

(4) K及びMは、弁護士と面会する意思がなく、原告位田らとの面会を拒絶したのであるから、病院側が面会手続を取らなくても違法ではない。

(5) 面会を申し入れた原告宮島が、面会を要請した患者全員と面会できているのであるから、原告位田が右面会に同席できなかったからといって、原告位田に対する面会妨害とはならない。また、原告位田は、自己の都合で退去したのであるから、病院の対応が遅れたことを理由として、同原告に対する面会妨害があったとはいえない。

五  争点3―各被告らの責任原因及び損害

(原告らの主張)

1 被告安田は、四月一六日ころから同月二〇日ころまでの間に、被告川井、同春日及び同山口に対し、原告ら人権センター所属の弁護士と入院患者とを自由に面会させないように指示し、右被告ら四名の間で、そのころ面会妨害についての共謀が成立した。そして、前記四記載のとおり、被告川井、同春日及び同山口は、右共謀に基づいて、本件各事件における妨害行為を実行したのであるから、右被告ら四名は、全妨害行為について、共同不法行為責任を負う。

また、被告北錦会は、被告川井、同春日及び同山口の使用者であるから、使用者責任を免れない。

2 原告らは、被告らによる違法な面会妨害行為により、著しい精神的苦痛を受けたものであり、その慰謝料額は、各原告に対する各妨害行為のあった日ごとに、原告一人当たり一〇〇万円を下らない。

(被告らの主張)

1 被告らが面会妨害について共謀したとの点は否認する。

2 一方の側の法的見解が誤っていて、右見解に基づく言動が他方の側の行為の妨げとなったとしても、法的処理ないし金銭賠償に適しない分野があり、本件の各面会をめぐるトラブルは、右の法的処理ないし金銭賠償に適しない分野の争いであるし、また、結果的には、原告らと患者との面会が実現している場合がほとんどであるから、原告らには、一般通念上、慰謝料の支払に値するほどの損害は生じていない。

第三  当裁判所の判断

一  争点1(弁護士と患者との面会を拒絶ないし制限することの違法性)について

1  精神保健法三六条一項は、「精神病院の管理者は、入院中の者につき、その医療又は保護に欠くことのできない限度において、その行動について必要な制限を行うことができる」と定めており、右条項中の「行動」には、精神病院に入院中の患者と外部の者との面会も含まれると解されるから、精神病院に入院中の患者と外部の者との面会も無制限に認められるものではない。

しかしながら、同条二項及びこれに基づく厚生省告示一二八号第三号が、前記第二の二1記載のとおり規定され、精神病院の管理者は、患者と患者の依頼により患者の代理人となろうとする弁護士との面会を制限することは許されないものとしているところ、その趣旨は、次のとおりと解される。すなわち、旧精神衛生法三八条が、入院中の患者の行動制限について、「その医療または保護に欠くことのできない限度において、その行動について必要な制限を行うことができる」とのみ定めていたこともあって、精神病院の中には、入院患者の外部の者との面会を医療又は保護に必要であるとの理由で安易に制限することもあり、その結果、精神病院における処遇の実態を患者が外部に対して訴える手段方法が奪われ、精神病院がいわば密室化されて、患者に対する人権侵害の温床となっていたという実情も見られたため、このような人権侵害を防止するためには、入院患者と来院者との面会が極めて重要な意義を有するものと考えられ、原則として面会は自由であるとされた(精神保健法三七条一項及び厚生省告示一三〇号参照)。ただ、右の前提の上で、入院患者の医療又は保護のために面会を制限せざるを得ない場合があることも考慮して、前記のとおり、例外的に、医療又は保護に欠くことのできない限度において、必要な制限をすることができるとした上で(同法三六条一項)、他方において、前記のような面会の重要性にかんがみ、患者の人権擁護に重要な役割を果たすと考えられる行政機関の職員のほか、患者の代理人である弁護士及び患者又は保護義務者の依頼により患者の代理人となろうとする弁護士(以下、このような弁護士を「代理人弁護士」という。)との面会についても、前項の規定にかかわらずこれを制限することができないものとして保障し、もって患者の病院内における人権保障を全うしようとするものである。

右の法令等の趣旨からすると、患者に対して代理人弁護士との面会を妨げられないとの権利を保障しただけでなく、代理人弁護士に対しても患者と面会する権利を保障したものと解するのが相当である。けだし、代理人弁護士としても、患者との面会を自由に行うことができるのでなければ、病院内における処遇や退院等に関する患者の言い分を直接聴取し、これに適切な助言を与え、あるいは、患者の代理人として、都道府県知事に対し、退院請求をし、処遇改善のために必要な措置を採ることを病院管理者に命ずるよう請求する(精神保健法三八条の四参照)など、患者の人権擁護活動を適切に行うことができず、患者と代理人弁護士との面会の自由を保障した意味を没却しかねないからである。

したがって、代理人弁護士が入院中の患者と面会することを制限することは許されないのであるから、精神病院の管理者が代理人弁護士と入院中の患者との面会を拒絶ないし制限することは、原則として違法であるというべきである。

2  被告らは、全事件に関する違法性阻却事由として、人権センターの活動の違法性を主張するので、検討する。

(一) 争いのない事実及び証拠(甲三四、乙二、原告里見、同大槻、同竹下、同宮島)によれば、須原は、弁護士資格を有していないにもかかわらず、人権センターの事務局長として、本件病院の入院患者から、人権センター所属弁護士との面会を要請する旨の連絡を受け、これを人権センターに所属する原告ら弁護士に伝えて、面会要請のあった患者と面会するよう依頼していたことが認められる。

ところで、弁護士法七二条にいう「周旋」とは、依頼を受けて、訴訟事件等の当事者と鑑定、代理、仲裁、和解等法律事務をなす者との間に介在し、両者間における委任関係その他の関係成立のための便宜を図り、その成立を容易ならしめる行為であると解されるところ、須原は、本件病院に入院中の患者から弁護士との面会を要請する旨の連絡を受けて、原告ら弁護士に右要請を伝え、面会要請のあった患者と面会するよう依頼し、右依頼を受けた原告ら弁護士は、厚生省告示一二八号にいうところの「患者の依頼により患者の代理人となろうとする弁護士」の地位を有するに至ったということができるから、須原の右行為は、依頼を受けて、患者と法律事務をなす者である原告ら弁護士との間に介在し、両者間における委任関係成立のための便宜を図り、その成立を容易ならしめる行為であって、「周旋」に当たるというべきである。

(二) しかしながら、右須原の周旋行為は、弁護士法七二条に違反するものということはできない。その理由は以下のとおりである。

弁護士法七二条に違反したというためには、右周旋が報酬を得る目的で行われることが必要であるところ(最高裁判所昭和四六年七月一四日大法廷判決・刑集二五巻五号六九〇頁)、右「報酬」とは、一定の役務の対価として与えられる反対給付であり、対価的関係が当然の前提になっているものと解するのが相当である。

そして、証拠(甲一五四の2)によれば、須原は、人権センターの財政の中から給料を受領していることが認められるものの、前記争いのない事実及び証拠(甲四、五、一五四の1、原告里見)によれば、人権センターは、精神医療の改革及び精神障害者の人権擁護を目的として設立された民間のボランティア団体であり、患者あるいはその家族等から、投書あるいは電話等により情報提供を受け、精神病院の実態を調査し、精神病院あるいは厚生省、大阪府等の行政機関に対し各種働きかけを行い、また、パンフレットの発行、集会の開催、患者からの相談の受付、患者の家族への連絡等を行っていること、須原は人権センターの事務局長であるが、同センターにおいて事務を処理しているのは須原のみであることが認められ、このような活動実態からすれば、須原において、患者からの連絡を受けて、人権センター所属の弁護士に対して面会に行くよう伝えることと対価的関係がある反対給付を得る目的を有していたものと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。

よって、右須原の行為が弁護士法七二条に違反する非弁活動であるという被告らの主張は、採用することができない。

(三) なお、被告らは、原告ら弁護士は各固有の法律事務所を設置しているにもかかわらず、人権センターの事務所を設置しており、これは、複数の法律事務所の設置を禁止する弁護士法二〇条三項に違反すると主張する。

しかしながら、仮に、原告らに右の違反行為があったとしても、そのことから直ちに、原告らの弁護士としての個々の具体的活動が違法性を帯びるわけではなく、被告らによる前記の面会妨害行為の違法性が阻却されるわけでもないから、被告らの右主張は主張自体失当である。

二  争点2(本件各事件の態様と違法性)について

1  4.20事件について

(一) 前記争いのない事実及び証拠(甲一二、一三、三五、六五、七三の7、一五四の1、原告里見、被告山口の一部)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 四月一六日、人権センターの事務局に備え付けられている留守番電話に、本件病院の入院患者であるAから「面会に来てほしい」とのメッセージが録音されていた。これを聞いた須原は、同日夜、Aに電話を架け、面会の意思を確認すると、Aは、「相談したい事があるので、ぜひ面会に来てほしい。詳しいことはそのときに話をする。」と述べた。

同月一九日、Aから人権センターに「大和川病院A棟二階のAです。大変な事が。すぐ面会に来て下さい。」との連絡があったので、須原は、原告里見に対し、Aからの右連絡を伝え、面会に行くことを依頼した。

須原は、同日夜、本件病院に電話で、明日、面会に伺う旨述べたところ、電話の応対をした本件病院の事務員である牧野は、「明日の面会はどうも難しいみたい」と答えた。同日午後九時ころ、本件病院の事務局の大段と名乗る者から人権センターに電話があり、「保護義務者の委任状は用意しているのか。面会に来る患者のことを、そちらはどこから聞いたのか。」などの質問があった。これに対し、須原は、入院患者との面会に保護義務者の委任状は必要でないことや、依頼ルートを言う必要がないなどと答えた。

(2) 一方、須原から右の依頼を受けた原告里見は、同日、Aと電話で話したところ、面会に来て欲しいと言われたので、明日(同月二〇日)午前一〇時ころ面会に赴く旨伝えた。

また、原告里見は、人権センターに対して弁護士との面会を希望するとの連絡をしてきたO、F、Pの面会も翌日に併せて行うこととした。

(3) 四月二〇日午前一〇時ころ、原告里見は、右Aら四名の入院患者と面会するために本件病院を訪れた。その際、原告里見は、O、F、Pについては、姓と病棟名しか判明していなかったが、病棟名と姓が分かれば、病院で患者を特定することが可能であると考えて、同人らとの面会も申し入れることとし、本件病院受付備付の面会申入簿(面会ノート)に、四人の氏名(ただし、右の三名については姓のみ)、病棟等を記入して、面会を申し入れた。原告里見は、約三〇分間本件病院のロビーで待たされた後、本件病院の職員によって面会室に案内された。

(4) 原告里見は、右面会室において、被告山口ら本件病院職員から、①「午前中は面会時間外だ」、②「保護義務者の承諾を得ていなければ面会させない」、③「そもそもあんたが弁護士だという証明はどこにあるのか」などと言われた。

これに対し、原告里見は、①について、午前中は面会時間外であることを知らなかったと述べた上、午前一〇時にAと面会する約束をしたことを理由に、Aとの面会を要求したが、被告山口らは、面会時間外であるとの理由を固持して、面会させようとしなかった。

また、原告里見は、②の点について、精神保健法等の法令に基づき患者の依頼によりその代理人となろうとする弁護士と患者との面会はどのような場合でも制限してはならないことを説明したが、被告山口は、「どこにそのようなことが書いてあるのか」「顧問弁護士は、保護義務者の承諾がなければ面会させる義務はないと言っている」などと述べ、原告里見の面会申入れを拒もうとした。

さらに、原告里見は、③の点について、他の精神病院で患者との面会の際に弁護士であることの証明を求められたことはないことや、警察署や拘置所でも、弁護士バッジを提示するなどの方法で十分であることなどを説明したが、被告山口は、身分証明書がなければ里見本人と確認できないなどと述べて、原告里見の面会申入れを拒んだ。

(5) 原告里見は、Aに対して午前中に面会に訪れると約束したにもかかわらず、面会ができないことになると、Aとの信頼関係が薄らぐことになりかねないと考え、右面会室で、「本日午前一〇時に面会に来ましたが、午前中は面会時間ではないという理由で病院は当職を貴殿と面会させてくれません。やむを得ませんので、本日午後一時に再度面会に来ますので、御了承下さい。以上のこと了解しました。本日午後一時からの面会を待っています。」と記載した書面を作成した上、本件病院職員に対し、右書面をAに見せてAの署名をもらって来るよう申し入れた。本件病院職員の小松原は、右申入れを承諾し、右書面にAの署名指印を得た上、これを原告里見に交付した。

(6) 原告里見は、同日午後一時ころ、前記Aら四名の入院患者と面会をするため、再度本件病院を訪れた。ところが、被告山口は、原告里見に対し、「恐れ入りますが、退院の件は院長先生にお任せします。弁護士の先生は結こうです。すいませんが帰って下さい。」と記載され、Aの署名及び指印のあるメモ書き(甲一三)を示して、同原告の面会申入れを拒絶した。原告里見は、被告山口に対し、Aと会って右メモ書きが真意に基づくものか確かめさせてほしいなどと言って面会を申し入れたが、被告山口は、メモ書きを示しながら、「そこに書いてあるやないか」などと答えて、右申入れを拒絶した。

(7) 原告里見は、被告山口に対し、O、F、Pとの面会を申し入れたが、被告山口は、苗字(姓)だけだったら誰のことか分からないという理由で、右面会申入れを拒絶した。そこで、原告里見は、病棟は分かっているのだから、調べて欲しいと申し入れたところ、被告山口は、「何であんたのためにそこまでしなければあかんのん」と述べて、右申入れを断った。結局、原告里見は、Aら四名の入院患者の誰とも面会することができなかった。

(8) そこで、原告里見は、須原に対し、電話で、右の経緯を伝えて、事態はどうなっているのかと問い合わせた。右連絡を受けた須原が、本件病院の公衆電話を通してAに事情を尋ねたところ、Aは、被告春日に病棟内の詰所に呼ばれ、前記メモを書くように言われたこと、このとき、側に被告山口もいたので、書くしかなかったこと、四月六日の手紙も届いていないし、どう言っていいのか判らなかったことなどを須原に訴えた。

(二) 右の認定に対し、

(1) 乙第一八号証(被告山口の陳述書)中には、前記(一)(4)のような言辞を用いたことはなく、原告里見が一旦帰ったのは、被告山口が「午後一時以降、入院患者との面会受付をするので、そのころにおいで願いたい」と述べたところ、同原告がこれを了承したからにすぎず、面会を妨害したわけではない旨の前記認定に反する記載部分があるけれども、被告山口自身、その本人尋問において、大略前記(一)(4)認定に符合する供述をしていることに加えて、前掲各証拠に照らすと、右供述記載部分は、到底採用することができない。

(2) また、被告らは、A自ら弁護士とは会わない旨の前記メモを書いて面会の謝絶を申し出たので、これを原告里見に伝えたにすぎず、面会を妨害したとはいえないと主張し、前掲乙第一八号証及び被告山口本人尋問の結果中には、右主張に沿う供述ないし供述記載部分が存在する。

しかしながら、前記認定事実によれば、① Aは、四月一六日及び一九日と数度にわたり面会を依頼していた上、同月二〇日の午前中にも、午後一時からの面会を待っていると記載された書面に署名指印して、その面会意思を明らかにしていたのであるから、同日午後一時までの間にその意思を翻すとは考え難いこと、② 同日の午前中、被告山口は種々の口実をもうけて、何とかして面会を拒もうとしていたこと、③ 同日の午後、Aは須原に対し、被告春日に病棟内の詰所に呼ばれ、前記メモを書くように言われてやむなくこれを書いたとの趣旨の訴えをしていること、これらの諸点を指摘することができるのであって、これらの点に照らすと、被告山口の右供述ないし供述記載部分は信用することはできず、かえって、前記Aのメモ書きは、被告春日及び同山口がAの意思に反して作成させたものと認められる。

(三) 以上によれば、被告山口及び同春日は、弁護士に対する侮辱的な言辞を用いたり、患者であるAの意思に反して前記のメモ書きを作成させるなどして、Aの依頼によりその代理人となろうとする弁護士である原告里見がAと面会するのを妨害したということができる。

(四) そこで、違法性に関する被告らの主張について判断する。

(1) 前記第二の四1被告らの主張(二)(1)について

被告らは、Aが面会を依頼したのは人権センターであって、原告里見ではないから、原告里見は「患者の依頼により患者の代理人となろうとする弁護士」とはいえないと主張するけれども、前記(一)(2)で認定したとおり、原告里見は、四月一九日にA自身から電話で直接面会依頼を受けたというのであるから、右主張は理由がない。

(2) 同(2)の主張について

被告らは、面会に訪れた弁護士が、患者から正規に依頼を受けたものでないとの疑いがある場合には、患者から依頼を受けた事実を明らかにする必要があり、本件では、原告里見が患者から面会の依頼を受けたか疑わしかったのであるから、その面会申入れを拒否しても違法ではないと主張する。

しかしながら、病院側が、面会に訪れた弁護士が患者から正規に依頼を受けたものであるかどうか疑わしいと考えた場合に、患者から依頼を受けた事実が明らかでないとして、その面会申入れを拒絶できるとすると、弁護士と患者との面会を恣意的に制限することができることにもなりかねず、前記一1で説示した弁護士と患者との面会の自由を保障した精神保健法三六条二項及び厚生省告示一二八号の趣旨に反することになるから、被告らの右主張は採用できない。

(3) 同(3)の主張について

被告らは、弁護士が患者との面会を要請したときでも、病院側が患者に面会意思を確認し、患者自身が弁護士との面会を断った場合には、病院側が面会手続を取らないでも違法ではないと主張する。

しかしながら、右のように解すると、患者に対する病院側の意思確認が恣意的になされ、患者が弁護士との面会を望んでいる場合であっても、病院側が、患者にはその意思がないとして、弁護士と患者との面会を不当に拒むおそれがあり、弁護士と患者との面会を制限することを一切許さないとすることによって精神病院の密室化を防ごうとした前記精神保健法三六条二項、厚生省告示一二八号の趣旨に悖ることになる。したがって、患者が病院側に対して弁護士と面会する意思がない旨表明したとしても、病院側としては、少なくとも、右の面会拒絶が患者の真意に基づくものか否かを確認するために、弁護士が患者と面会することを認めるべきであり、一切の面会手続を取らないことは違法というべきである。

なお、A作成の前記メモ書きが同人の意思に反するものであることは、前記(二)(2)で説示したとおりである。

2  5.8事件について

(一) 前記争いのない事実及び証拠(甲一四、一五の1ないし5、一六の1ないし4、三四、三五、六二ないし六四、六六、乙五、一二、検甲一、検乙一ないし三五、原告大槻、同里見、検証の結果)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 四月二一日、須原が本件病院の事務所に電話を架けたところ、本件病院職員の中山から「四月一六日に行われた面会はなかったということにして白紙に戻して頂きたい」と言われた。須原がその理由及び誰の指示によるものかを尋ねたところ、一旦電話は切れた。その後、被告春日が電話で須原に対し、「私は、医局長。そんな話は聞いていない。どこからその指示が出ているのか判らない。」と述べた。

(2) 人権センターのメンバーは、同月二〇日に原告里見の面会申入れが拒絶されたことから、その対応策を検討し、府健康増進課精神保健室との面談、厚生省への報告等を行い、次回の面会の準備を進めた。

そして、人権センターに弁護士との面会の申入れがあった前記Bら四名の入院患者と面会する日を五月八日と設定し、本件病院を訪問するメンバーとして、原告丸山ら三名の弁護士を選定した(本件病院の面会時間が午後一時半から同三時までの一時間半であったので、複数の弁護士が同時並行で面会しなければ四名全員の相談に乗れないとの判断による。)。

右のほか、医療・福祉の観点からの相談にも対応できるよう、医師等弁護士以外のメンバーも同行することとし、また、当時、精神保健法改正の審議が行われていたことから、精神病院の実状を視察するため、土肥議員及び三石久江参議院議員(以下「三石議員」という。)も同行することになった。さらに、関西テレビ放送株式会社(以下「関西テレビ」という。)の従業員である宮田輝美(以下「宮田」という。)及び同報道部員一名が右訪問に同行することになった。宮田は、四月二四日に行われた人権センター主催の「大和川病院の事件をうやむやにしない集会」で須原と知り合い、同人から右五月八日の面会予定のことを聞知し、同行取材を申し入れたが、須原は、今後の人権センターの面会活動に支障が生じるおそれがあるとして、記者としての同行は認めず、人権センターの一員として同行を認めるに至ったものである。

なお、人権センターでは、病院側から患者との面会を拒絶された場合、事態の真相を厚生省や大阪府等の行政当局に説明するには映像によるのが最も正確であると考え、家庭用ビデオカメラを携行することとした。

(3) 五月八日午後一時三〇分ころ、原告丸山ら、須原及び人権センター所属の精神科医二名が、Bら四名の入院患者と面会するため、本件病院を訪れ、土肥議員、三石議員及び宮田ら関西テレビの従業員二名が、これに同行した。原告丸山らは、右四名の患者との面会を申し入れるに当たり、患者の代理人になろうとする弁護士名、その所属弁護士会名、代理人になろうとする患者の氏名及び患者の依頼を受けての面会である旨を各記載した面会申入書(甲一五の2ないし5)を提出した。右面会申入書の様式は、厚生省保健医療局精神保健課が厚生省告示一二八号及び本件通達に定める要件を満たしていると認めたものであった。

(4) 原告丸山らは、面会申入れ後、約一五分から二〇分間、本件病院のロビーで待機していたが、病院側から何の連絡もなく、原告丸山が受付の女子職員に対して尋ねても、「今しばらくお待ち下さい」と答えるのみであった。そのころ、本件病院の第一診察室内において、被告川井と同春日が立ち話をしていることが分かったため、土肥議員と三石議員が第一診察室に向かったため、原告丸山らもそれに続いて、第一診察室に入室した。

同室内において、原告丸山が被告川井及び同春日に対し、「連絡がないんですけど、どうなっているんですか」と尋ねた後、患者との面会の前に前記患者死亡事件について質問したい旨申し入れた。そして、原告丸山らと被告川井及び同春日との間で、右事件についての質疑応答がなされたが、右の応答はおおむね平穏に行われ、被告川井は、笑顔を交えて質問に応じ、また、右死亡患者の入院時のファイルを自ら取りに行って事情を説明するなどしており、右質疑応答を中断させるような言動に出ることもなかった。

右質疑開始から約二〇分経過したころ、被告春日は、事務員から「電話です」と呼ばれて退室したが、その後も、約三〇分間にわたり、主として原告丸山と被告川井との間で、右死亡事件についての会話が交わされた。この間の質疑応答の状況は平穏であり、被告春日が退室するまでの状況と異なることはなかった。なお、この間、病院側が、原告丸山らに対し、面会についての話をしたことは一切なかった。

(5) 原告丸山は、右死亡事件についての話に区切りがついたのを見計らって、被告川井に対し、「患者さんに面会したいということで、ずっと面会のお願いをしてるんですけど」と申し向けたところ、被告川井は、「このごろ色々なトラブルがあり、また、保護者の同意が一番大事であるので、原則として保護者の同意がない限り面会はさせない」などと答え、そのまま退室するに至った。

その後、被告春日が第一診療室に入室したので、原告丸山らが同被告に対して入院患者との面会を申し入れたところ、被告春日は、「家族の同意書がない限り面会させない。電話で依頼されたのが有効なのか。」などと述べ、原告丸山らの面会に消極的な姿勢を示した。さらに、原告大槻が、患者と面会する権利があることが法律で決まっていると述べるや、被告春日は、「法律で決まっているといったてね」と答え、さらに、「家族の同意がないと面会させないのは病院の総意である」「患者が、病院との話合いで、弁護士は降りてもらうと、そういう風に言ったらいいんじゃないですか」「法律論はともかく、患者が病院側に扱いを任せるということも、理由があるんじゃないか」「患者が一筆をもって病院に措置をお願いするという場合は、それでいけるんじゃないか」「急に来たから会わさない」などと述べた上、「今日のところは引き取っていただいて」と申し向けて、面会を拒絶しようとした。

(6) その後、人権センターのメンバーは、入院患者と面会した家族から、弁護士への依頼を断る旨のメモを書かされたと言っている患者がいるとの話を聞知した。そこで、原告丸山及び須原が、被告春日に対し、右のメモ書きについて問い質したところ、被告春日は、「患者が自主的にメモ書きを書いたのであり、強制はない」などと答え、所持していた四枚のメモ書き(甲一六の1ないし4)を示した。右メモ書きには、Bら四名の各署名指印があり、その内容は、「こんどのりょうようおよびたいいんについてはいっさい病院がわのちりょうにしたがいます べんごしはりよういたしません」(E)、「今后、早期の転院をお願い致します。つきましては、今后、弁護士等いらい面会することはありません。よろしくお願い致します。」(D)、「今後入院ちりょうについてはそうき退院を願いしますつきましては弁ごし等に一切いらいしません」(B)、「今後の入院退院に付いては病院側の指示したがい弁護士等いらいは一切致しません」(C)というものであった。

そこで、原告丸山が被告春日に対し、誰が患者に書くよう指示したかを尋ねたところ、被告春日は、自分が指示したことを認め、「強制ではない」と答えた。

なお、右の過程で、人権センターのメンバーが被告春日に対し、右のメモ書きをBら四名の入院患者に強制的に書かせたのではないかと抗議し、追及的な口調も見られる場面もあった。

(7) 被告春日は、電話が架かっていると事務員から呼ばれ、第一診察室を退室して、事務室で電話をしていたが、その通話内容は、「ファックスを示してね、患者四人の誓約書は取ったんですけど、それ見したらね、そういうのは許されないと、そうですね、指導です、強制ではない、会わしてくれと、ダメですね、はい、分かりました」というものであった。

(8) 被告春日及び同川井は、しばらくして再度第一診察室に入室し、原告丸山らに対し、「弁護士さんでも患者に面会は許されないと、これは顧問弁護士の見解でもある」と述べ、面会申入れを拒否しようとした。

そこで、原告丸山が、家族の同意書があれば面会してもよいかと尋ねたところ、被告春日がこれを了解したため、原告丸山は、予め得ていたBの妻の委任状を示して、Bとの面会を申し入れた。ここに至って、被告春日は、ようやくBとの面会を認めた。

(9) 原告丸山、同重村、須原及びBの妻は、一階面会室において、Bと面会した。そして、原告丸山が、Bに、弁護士と会いたくないというような文書を書けと言われたことがあるかを尋ねたところ、Bは、「今日、ありました」と答え、さらに、右の文書は被告春日から書けと言われたこと、弁護士と本当に会いたくないから書いたのではないこと、メモの原稿は被告春日が示したこと、D、Eも会いたくないと言っていないのに、被告春日に同様のメモを書かされたことなどを述べた。

(10) 原告丸山は、Bと面会した後、被告春日に対し、右Bの陳述内容について問い質したところ、被告春日は、主治医として書くように指示したこと、どういう風に書いたらよいかをBらに説明したことを認めた。そこで、原告丸山及び土肥議員が、弁護士との面会意思を確認するため、B以外の三名の患者(Cら三名)と面会させるよう申し入れたところ、被告春日は、逡巡の末、「病棟に一緒に行きます」と述べて、一旦は自己の立会を条件に、右の面会を認めるに至った。

しかしながら、被告春日は、本件病院の事務員である中山から、「川井院長の指示を仰ぐべきやと思います」と再考を促され、どこかに電話を架けた。そして、右の電話を架け終わった被告春日は、原告丸山に対し、「家族を連れていらっしゃい、家族と一緒に」「今日来られることは分かってない」などと述べて、再び右三名の入院患者との面会を拒否しようとした。そこで、土肥議員が「先生、さっき決めたじゃないですか。じゃあ一人にだけ会わせて下さい。」と言うと、被告春日は、「僕はそう思ったんだけどね」と答え、それを受けて、土肥議員が「駄目だと言われた」と尋ねると、「僕が言ったんじゃないよ、分かるでしょう」「責任者はいないみたいなものでしょう、この病院は」「(権限は)院長先生もないんですわ」などと述べて、結局、被告春日は、原告丸山らが右三名の入院患者と面会することを許さなかった。

(11) なお、以上(3)ないし(10)の経緯については、ほぼ継続して、人権センターによって携行された前記のビデオカメラにより撮影されたが、被告川井及び同春日において、右の撮影行為を拒絶するような言動に出ることはなかった。

(二) 右の認定に対し、被告らは、

(1) 入院患者との面会に関する応対をしていたのは被告春日のみであって、被告川井は対応していないと主張するけれども、右(一)(5)、(8)の認定事実によれば、被告川井が入院患者との面会に関する応対をしていたことは明らかである。

(2) また、被告らは、被告春日は患者の意思に反して前記メモを書かせてはいないと主張するところ、乙第三二号証の1、2(いずれも被告春日の別件における本人調書)及び被告川井本人尋問の結果中には右主張に沿う供述ないし供述記載部分が存在し、また、乙第一〇号証(Eの陳述書)には、「被告春日から弁護士の面会を頼んだかと聞かれ、元々母親を引取人として退院するのが筋なので、母と病院に任す気になり、弁護士と面会しない旨のメモ書きを書いた」との供述記載部分がある。

しかしながら、弁護士との面会を依頼した前記四名の患者全員が弁護士との面会を断る気持ちになったとは考え難い上、前記(一)の認定事実、なかんずく、(5)ないし(10)で認定した被告春日の一連の言動及び(9)のBの陳述内容をも併せ考えると、右の供述ないし供述記載部分をにわかに信用することはできず、前記四通のメモ書きはBら四名の真意に基づいて記載されたものではないと認めるのが相当である。

(三) 以上によれば、被告川井及び同春日が、原告丸山らとBら四名の入院患者との面会を妨害したことは明らかである。

(四) そこで、違法性に関する被告らの主張について判断する。

(1) 前記第二の四2被告らの主張(二)(1)の主張について

被告らは、Bら四名が面会を依頼したのは人権センターに対してであって、原告丸山らに依頼したのではないから、右原告らは「患者の依頼により患者の代理人となろうとする弁護士」には当たらないと主張する。

しかしながら、厚生省告示一二八号の「患者の依頼により患者の代理人となろうとする弁護士」とは、弁護士が患者から直接依頼を受けた場合に限らず、患者が親族・知人・友人等の個人あるいは公的機関・私的団体等の団体を通じていわば間接的に依頼をした場合も含むと解するのが相当であるところ、証拠(甲一五の1ないし4、六三、六六、原告大槻、検証の結果)及び弁論の全趣旨によれば、Bら四名の入院患者は、人権センターに連絡して弁護士との面会を依頼し、これを受けた人権センターの事務局長である須原が、原告丸山らに対し、連絡のあった右四名の患者と面会するよう依頼したこと、右依頼を受けた原告丸山らは、Bら四名に面会するため本件病院に赴いたことが認められるところ、Bらが人権センターに連絡した趣旨は、人権センターを通じて弁護士に面会を依頼することにあったのであるから、このような患者の依頼を受けた原告丸山らは、厚生省告示一二八号の「患者の依頼により代理人となろうとする弁護士」ということができる。

したがって、被告らの右主張は理由がない。

(2) 同(2)の主張について

被告らは、原告丸山らは患者から面会を依頼されたと言うだけで、何ら依頼状況の説明はなかったから、患者から面会の依頼を受けたか疑わしかったのであり、このような場合には、その面会申入れを拒否しても違法ではないと主張する。

しかしながら、本件通達が、患者の依頼により代理人となろうとする弁護士は「どのような方法により依頼を受けたか(依頼ルート、依頼書類等)については明らかにする必要はない」としていることに加えて、前記1(四)(2)で説示したところを併せ考えると、右の主張が採用できないことは明らかである。

(3) 同(3)の主張について

被告らは、原告丸山らの行動は、通常の面会では考えられない態様の極めて不当なものであり、かつ、入院患者も弁護士と是非面会したいとの意向ではなかったから、敢えて面会手続を取らなかったのであって、当日の経緯からして、原告丸山らの面会要請に応じなかったことには、社会的に是認され得る相当の理由があったと主張する。

確かに、前記(一)で認定した事実によると、原告丸山らのほか、国会議員二名を含む合計約一〇名の者が本件病院に赴いた上、被告川井及び同春日に対し、患者死亡事件について約一時間にわたって質疑を続け、しかも、これらのやり取りを含むほぼ一部始終をビデオカメラによって撮影したというのであって、通常考えられる面会要請とは態様を異にする面があったことは否めない。

そして、乙第一八号証(被告山口の陳述書)、第二〇、二一号証(平尾の陳述書及び別件訴訟における証人尋問調書)、第二四号証及び第三二号証の1(被告春日の陳述書及び別件訴訟における本人調書)並びに被告川井本人尋問の結果中には、右死亡事件についての原告丸山らの被告川井に対する責任追及が強圧的であり、病院の幹部医師をいわば吊し上げたとする趣旨の供述記載部分ないし供述部分が存在する。

しかしながら、前記(一)で認定したところからすると、① 原告丸山らと被告川井及び同春日との質疑応答はおおむね平穏裡に行われていたのであって、同被告らは、原告丸山らの言動を不当であるとして抗議したり、ビデオ撮影を制止するような行動はとった形跡はないこと、② 被告川井及び同春日は、原則として保護者の同意がない限り、面会はさせないなどと述べて、原告丸山らと患者との面会を拒否していたのであって、原告丸山らの言動の不当性を理由に拒否したことはないことを指摘することができ、右①の点に照らすと、右の供述記載部分ないし供述部分は採用することはできないし、また、②の点に照らすと、被告川井及び同春日は、原告丸山らの言動には関係なく、当初から面会を拒絶する意思で対応していたものと考えられ、したがって、右被告川井らにおいて、原告丸山らと患者との面会手続を速やかに取っていれば、前記のような約一時間にもわたる患者死亡事件についての質疑応答の継続という事態を招来することもなかったと推認されるのであって、これらの点を併せ考えると、被告川井及び同春日の面会拒絶行為が社会的に見て是認され得る相当の理由があったということはできない。

(4) 同(4)の主張について

被告らの主張は、前記第二の四1被告らの主張(二)(3)と同旨であるが、前記1(四)(3)で判示したとおり、病院側の意思確認に対して患者が弁護士と面会する意思がない旨表明した場合でも、病院側が面会手続を取らないことは違法である上、前記(二)(2)で説示したとおり、Bら四名が作成した前記メモ書きは、同人らの真意に基づかないものであったのであるから、右主張は失当である。

3  八・一二事件について

(一) 前記争いのない事実及び証拠(甲二二の1ないし4、二三の1ないし3、三六、六七、原告竹下)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告竹下らは、八月一二日午後二時ころ、本件病院を訪れ、入院患者であるFら四名との面会を申し入れた。同原告らは、右申入れの際、前記2(一)(3)で認定したのと同様の書式による面会申入書(甲二二の1ないし4)を提出し、午後二時三〇分ころ、Fと面会した。

(2) 右Fとの面会終了後、原告竹下らが、他の三名の患者(Gら三名)との面会を求めたところ、被告山口をはじめとする本件病院職員は、右三名の患者が署名指印したメモ書き(甲二三の1ないし3)を示して、面会を拒否すると述べた。右メモの内容は、「平成五年七月二七日、両親と私は、大和川病院入院継続に同意してますので弁護士さんには、もう会いません 平成五年八月一二日」(I)、「平成五年七月一九日 両親と私は入院をつづけ 平成五年一〇月一日退院がきまってますので弁ごしと会いません 平成五年八月一二日」(H)、「平成五年七月一九日りょうしんと私は入院をつづける事にどういしましたので弁ご士とはあいません。 平成五年八月一二日」(G)というものであった。

原告竹下らは、被告山口らに対し、「患者本人が弁護士に会いたくないと言っているかどうか確認するために面会したい」などと述べて面会させるよう申し入れたが、被告山口らは、「患者が会わないと言っているからだめだ」などと述べて、面会を拒否した。

(3) そこで、原告竹下らは、府健康増進課に電話で右状況を報告し、本件病院に対して面会手続を行うよう指導を求めたところ、同課の職員が、被告山口らに対して面会をさせるよう指導したため、同原告らは、Gら三名との面会を果たすことができた。

Iは、原告竹下と面会した際、同原告に対し、七月二七日に母親が病院に呼び出され、弁護士とは会わない旨の文書を作らされたこと、その際、弁護士と会わない代わりに一か月後に退院させると言われたこと、その後、父親が病院に呼び出され、右と同様のことを言われたこと、前記のメモ書きは、被告春日から、右に述べたとおり弁護士と会わないとの約束をしたのだから「弁護士に会いません」との趣旨の文書を書くよう言われたため作成したこと、右メモ書きを作成したのは、被告春日の言うことに応じなかったら退院させてもらえないと考えたからであり、真意ではないことなどを述べた。

(二) 右Gら三名のメモ書きについて、被告らは、三名はその真意に基づいて右書面を作成したのであって、病院側が右書面の作成につき利益誘導等の工作をしたことはないと主張し、乙第一八号証(山口の陳述書)及び被告山口本人尋問の結果中には、右主張に沿う供述ないし供述記載部分が存在する。

しかしながら、右(一)(3)で認定したIの陳述内容に、前記1(二)(2)及び2(二)(2)で説示したところを併せ考えると、右供述ないし供述記載部分は到底信用することができず、右各メモ書きは、いずれも被告春日が右三名の患者の意思に反して作成させたものと認めるのが相当である。

(三) 以上によれば、被告山口及び同春日は、最終的には、大阪府の指導に従って面会手続を取ったとはいえ、原告竹下らとGら三名の患者との面会を妨害したものということができる。

(四) そこで、違法性に関する被告らの主張について判断する。

(1) 前記第二の四3被告らの主張(二)(1)の主張について

「患者の依頼により患者の代理人となろうとする弁護士」の意義は、前記2(四)(1)で判示したとおりであって、患者が私的団体等を通じるなどして間接的に依頼をした場合も含むと解すべきところ、証拠(甲二二の1ないし4、原告竹下)及び弁論の全趣旨によれば、Fら四名の入院患者は、人権センターに連絡して弁護士との面会を依頼し、これを受けた人権センターの事務局長である須原が、原告竹下らに対し、連絡のあった患者と面会するよう依頼したこと、右依頼を受けた原告竹下らは、Fら四名に面会するため本件病院に赴いたことが認められるところ、Fらが人権センターに連絡した趣旨は、人権センターを通じて弁護士に面会を依頼することにあったのであるから、このような患者の依頼を受けた原告竹下らは、厚生省告示一二八号の「患者の依頼により代理人となろうとする弁護士」ということができる。

(2) 同(2)の主張について

右の主張が失当であることは、前記2(四)(2)で判示したとおりである。

(3) 同(3)の主張について

前記1(二)(3)で判示したとおり、病院側の意思確認に対して患者が弁護士と面会する意思がない旨表明した場合でも、病院側が面会手続を取らないことは違法である上、前記(二)に説示したとおり、Gら三名が作成した前記メモ書きは、同人らの真意に基づかないものであったのであるから、右主張が失当であることは明らかである。

(4) 同(4)の主張について

被告らは、原告竹下らの面会には緊急性がなかったと主張するけれども、患者の依頼により患者の代理人となろうとする弁護士が患者と面会するについて緊急性が必要であるとの法的根拠は存在しないから、右主張は、主張自体失当である。

4  二・二事件について

(一) 前記争いのない事実及び証拠(甲二六の1ないし5、三七、六八、七六、二九一の1、乙九、原告宮島、被告山口)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告位田らは、人権センターの事務局長である須原から本件病院の入院患者で弁護士との面会を求めている者がいるので面会に行ってほしいとの連絡を受けたため、人権センターのアシスタント二名とともに、平成六年二月二日午後二時すぎころ、本件病院を訪れ、入院患者であるJら五名との面会を申し入れた。

右原告らは、右申入れの際、前記2(一)(3)で認定したのと同様の書式による面会申入書(甲二六の1ないし5)を提出したが、そのうち、L及びNとの面会申入書には、患者の氏名として「Lたろう」「Nはな子」と記載されていた。

(2) 原告位田らは、自分らより後に面会を申し入れた者についても面会手続が取られている様子であるにもかかわらず、自分らには何らの連絡もなかったため、本件病院の職員に対し、面会手続がどうなっているかを尋ねた。ところが、被告山口は、同日午後三時ころ、原告位田らに対し、「なんで文句言われなあきまへんのや」「待つの嫌やったら帰ってもらったらよろしいがな」「お待ち下さいと言われたら待ってたらええ」「なんであんたらにいちいち待つ理由を説明せんといかんのや」などと述べたが、その後まもなく、Jとの面会をさせた。

(3) Jとの面会終了後、原告位田らが被告山口に対してKら四名の患者との面会を求めたところ、被告山口は、MとKについては、弁護士に会わないと言っており、その旨記載したメモ書きもあるとの理由で、LとNについては、本件病院にいないとの理由で、それぞれ面会を拒絶した。しかしながら、後記のとおり、右メモ書きのうち、少なくともKの分はその意思に反して作成されたものであったし、また、L及びNは本件病院に入院していた。

そこで、原告位田らは、本件病院の待合室において、被告山口に対し、患者本人と会って弁護士との面会についての意思確認をしたいとして面会を申し入れたり、あるいは、LとNは退院したのかなどと尋ねるなどして、重ねて、Kら四名の入院患者との面会を申し入れていたところ、その間に、白衣を着た本件病院の職員が次々と右待合室に来集し、無言で原告位田らを取り囲むように並ぶに至った。その職員の数は、多いときで約三五名ほどに上った。

(4) 原告位田らに同行していた須原は、原告位田らの面会申入れに対し病院側が応じる気配がないため、同日午後三時半と四時ころ、府健康増進課に電話を架け、面会についての指導を求めたところ、右の電話を受けた府健康増進課の職員三名が、同日午後五時ころ、本件病院を訪れ、被告春日及び同山口らに対し、すぐKら四名の患者を呼んで弁護士と面会させるように指示した。

これに対し、被告春日及び同山口は、「患者本人が会いたくないと言っているのだから会わせる必要はない」「面会申入書の氏名が平仮名で書いてあり患者を特定できない」などと交々述べるなどして、執拗に抵抗したが、結局は、府職員の強い指導に折れ、右の面会を承諾するに至った。

(5) こうして、原告宮島は、Kら四名の患者との面会を果たしたが、右面会の際、Kは、原告宮島に対し、今日午後二時すぎころ、看護人に呼ばれてナースステーションに行ったところ、被告春日が、「弁護士と面会しません」と記載されたM名義の書面を見せながら、「同じように書きなさい」と言って、弁護士と会わない旨の書面を作成することを促したこと、弁護士に会いたかったが、被告春日が、三月一〇日に退院させると述べるため、弁護士と会わない旨の書面を作成したことなどを述べた。そして、Kは、原告宮島と府職員の立会いの下で、右供述内容について記載した陳述書(甲三七)を作成した。また、Nは、右面会の際、原告宮島に対し、弁護士に会うと金がかかると言われたと述べた。

(6) 原告宮島が右Kら四名の患者との面会を終えたのは、午後六時四五分ころであった。なお、原告位田は、所用のため、午後四時ころに本件病院を出たため、Kら四名と面会することはできなかった。

(二) 右の認定に対し、被告らは、

(1) 被告山口は、午後四時ころ外出先から帰院し、そのとき既に原告位田らはJと面会していたのであるから、前記(一)(2)記載のような言辞を述べる筈はないと主張し、乙第一八号証(被告山口の陳述書)及び被告山口本人尋問の結果中には、同旨の供述記載部分ないし供述部分が存在するけれども、右供述記載部分ないし供述部分は、原告宮島の本人尋問の結果に照らして到底信用することはできない。

(2) また、被告らは、入院患者に、その意思に反して面会謝絶のメモを書かせたことはないと主張し、右乙第一八号証及び被告山口本人尋問結果中には、Mが原告宮島に会って面会を断った旨の供述ないし供述記載部分が存在する。

しかしながら、右(一)(4)、(5)で認定したところの、被告春日及び同山口が示した府職員の指導に対する執拗な抵抗並びに原告宮島に対するKの陳述内容に、前記1(四)(2)及び2(四)(2)で説示したところを併せ考えると、被告山口の右供述ないし供述記載部分は到底信用することができず、右メモ書きのうち少なくともKの分は、被告春日が同人の意思に反して作成させたものと認めるのが相当である。

(3) さらに、被告らは、白衣の集団が原告宮島らを威圧した事実はなく、看護職員が点呼のために五〇名ほど事務室に集合するのを見誤ったと思われると陳弁するけれども、前記(一)(3)で認定した当時の状況に照らすと、右主張を採用することはできない。

(三) 以上によれば、被告春日及び同山口は、最終的には原告宮島とKら四名の入院患者との面会手続を取ったとはいえ、それは面会申入れ後約三時間以上経過した後のことであり、しかも、大阪府職員による強力な指導の末ようやくこれに従った結果にすぎないのであるから、原告位田らと入院患者との面会を妨害したと認めるに十分である。

(四) そこで、違法性に関する被告らの主張について判断する。

(1) 前記第二の三3(四)(1)の主張について

「患者の依頼により患者の代理人となろうとする弁護士」の意義は、前記2(四)(1)で説示したとおりであって、患者が私的団体等を通じるなどして間接的に依頼をした場合も含むと解すべきところ、証拠(甲六八、原告宮島)及び弁論の全趣旨によれば、Jら五名の入院患者は、人権センターに連絡して弁護士との面会を依頼し、これを受けた人権センターの事務局長である須原が、原告位田らに対し、連絡のあった患者と面会するよう依頼したこと、右依頼を受けた原告位田らは、Jら五名に面会するため本件病院に赴いたことが認められるところ、Jらが人権センターに連絡した趣旨は、人権センターを通じて弁護士に面会を依頼することにあったのであるから、このような患者の依頼を受けた原告位田らは、厚生省告示一二八号の「患者の依頼により患者の代理人となろうとする弁護士」ということができる。

(2) 同(2)の主張について

右の主張が失当であることは、前記2(四)(2)で説示したとおりである。

(3) 同(3)の主張について

原告位田らが、患者との面会を申し入れる際、「Lたろう」「Nはな子」と記載した面会申入書を本件病院に対し提出したことは、前記(一)(1)記載のとおりであるところ、被告らは、右の氏名の記載が正確性を欠いていたので補正を求めたにすぎないと主張する。

しかしながら、本件通達が、「患者の代理人となろうとする弁護士」が患者との面会を求める場合に、代理人になろうとする患者の氏名を書面で明らかにしなければならないとした趣旨は、当該弁護士がどの患者との面会を求めているのかを書面で明確にすることによって、患者の代理人になろうとする弁護士と患者との面会を円滑に実施しようとしたことにあるから、右患者の氏名は、病院側において当該患者を識別することができる程度に記載されていれば足り、必ずしも、正確に漢字で記載されることまでは要求されていないと解すべきである。そうすると、右の「Lたろう」「Nはな子」との記載は、これをもって病院側で患者を識別、特定するのに十分であると思われるから(実際にも、前記(一)(4)、(5)で認定したとおり、大阪府職員の指導の末、右両名についても面会手続がとられた。)、被告山口らが、右氏名が平仮名で記入されていたことを理由に面会を拒否したことは正当とはいえず、被告らの右主張理由がない。

(4) 同(4)の主張について

前記1(四)(3)で判示したとおり、病院側の意思確認に対して患者が弁護士と面会する意思がない旨表明した場合でも、病院側が面会手続を取らないことは違法である上、前記(二)(2)に判示したとおり、Kが作成した前記メモ書きは、同人の真意に基づかないものであったのであるから、右主張が失当であることは明らかである。

(5) 同(5)の主張について

被告らは、原告宮島がKら四名の患者全員と面会できたのであるから、原告位田が同人らと面会できなかったからといって、同原告に対する面会妨害にはならないと主張するけれども、複数の弁護士が患者との面会を申し入れた場合には、そのうちの一部の弁護士に対して面会を認めれば足りるわけではなく、物理的な制約等特段の事情がない限り、その全員について面会を認める必要があり、一部の者に対する面会制限も違法となるというべきであるから、右の主張は失当である。

また、被告らは、原告位田は自己の都合で退去したのであるから、同原告に対する面会妨害があったとはいえないと主張するけれども、前記(一)で認定したところからすると、原告位田は、患者との面会を申し入れた午後二時すぎから、本件病院を退去した午後四時ころまでの約二時間もの間、被告山口及び同春日によってKら四名との面会を妨害されていたことは明らかであるから、右の主張も採用できない。

三  争点3(各被告らの責任原因及び損害)について

1  被告北錦会、同川井、同春日及び同山口の責任

前記二で認定したところによると、本件各事件において原告らに対する面会妨害行為を直接行ったのは、四・二〇事件について被告春日と同山口(相手方は原告里見)、五・八事件について被告川井と同春日(相手方は原告丸山、同大槻及び同重村)、八・一二事件及び二・二事件について、いずれも被告春日と同山口(相手方は、前者につき原告竹下及び同重村、後者につき原告位田及び同宮島)であるが、(1) 被告川井及び同春日は、被告北錦会開設にかかる本件病院に勤務していた医師であり、五月八日ころを境に両名とも院長に就任するなど本件病院の医師の中では中心的な地位にあったこと、そして、被告山口は、本件病院の事務長の地位にあったこと(前記第二の一1(三)、(四))、(2) 本件事件が始まる四月二〇日以前の時点では、本件病院側は、人権センターのメンバーによる患者との面会申入れに対して柔軟に対応していて、これを拒否するようなことはなかったこと(前記第二の一2)、(3) 被告春日は、五・八事件における原告丸山らとの対応の過程で、同原告らに対し、「家族の同意がないと面会させないのは病院の総意である」と発言していること(前記第三の二2(一)(5))に加えて、後記2で判示するところをも併せ考えると、合計四回にわたる本件各事件における妨害行為は、いずれも、被告川井、同春日及び同山口が共謀の上で、被告北錦会の事業の執行として行ったものと推認することができる。

したがって、前記被告四名は、いずれも全部の妨害行為について、不法行為責任を免れないというべきである。

2  被告安田の責任

(一) 証拠(甲六、七、六三、一二八、一四一、一五三、一五五、一六二、一六三、一六九、一七五、一八二、二〇九、二一二、二一三、二二八、二三一、二三九、二九三、二九七、二九九、三〇三、三〇六、検甲一一、乙三二の1、被告山口、同川井、検証の結果)によれば、次の事実が認められる。

(1) 被告安田は、昭和三一年に大阪円生病院を、同三八年に本件病院の前身となる安田病院を開設し、同四四年一月には、右の両病院をまとめて経営するため、医療法人安田会を設立し、理事長に就任した。そして、同被告は、同年一一月、右安田会を医療法人北錦会(被告)と、安田病院を大和川病院(本件病院)とそれぞれ改称した。

(2) 被告安田は、右の両病院とは別に、昭和五二年に安田病院を開設したが、以後、右安田病院と本件病院との関係は、被告春日及び同川井が両病院において診察を行い、被告山口が両病院の事務長を務め、他の職員も両病院において勤務することがあるなど、相互に極めて密接な関係があった。

(3) 被告安田は、昭和四六年一月に被告北錦会の理事を辞任したが、右辞任は名目上なされたものにすぎず、その後も、本件病院の顧問の地位にあり、本件病院内においては、「経営者」「オーナー」「会長」などと呼ばれることがあった。そして、同被告は、本件病院の職員数を常に把握し、本件病院の職員の配置や設備の改善について指示することもあったし、本件病院の患者に対する投薬内容を指示したり、治療に関するマニュアルを作成し、レセプトをチェックすることもあり、さらには、本件病院の入院患者が外部に電話を架けることを制限するよう指示していた。

(二) 右の認定事実によれば、被告安田は、本件病院の実質的な経営者として、本件病院の業務全般に対して指示を出し得る地位にあったものということができるところ、この事実に、(1) 前記二2(一)で認定した原告丸山らに対する被告川井及び同春日の言動等に照らすと、本件各事件当時、本件病院の院長には、病院の運営について何ら実質的な権限が与えられていなかったものと認められること、(2) 証拠(甲一五五、乙三二の1、三六、一七五)によれば、被告北錦会においては理事会が開かれていなかったのであり、理事長の矢野は、本件病院の運営にほとんど関与していなかったものと認められること、(3) 前記第二の一2で認定した四月二〇日以前の本件病院側の対応と、前記第三の二1以下で認定した同日以降の同病院の対応との間に著しい差異が見られること、以上の諸点を併せ考えると、同月一六日から同月二〇日の間に、被告安田が、被告川井、同春日及び同山口らに対し、原告ら人権センター所属の弁護士と患者とを面会させないよう指示したものと推認することができ、被告川井及び同山口の各本人尋問の結果及び乙第三二号証の1(被告春日の別件における本人尋問調書)中の右認定に反する部分は、たやすく信用することができない。

(三) そうすると、本件各事件における面会妨害行為は、被告安田の指示に基づいて行われたものであるから、同被告も、共同不法行為者としての責任を免れないというべきである。

3  損害について

(一) 前記一、二で判示したところによれば、原告らは、患者の依頼により患者の代理人となろうとする弁護士として、入院患者と面会する権利を保障されるべきところ、本件各事件の当日、被告らから種々の口実を設けて患者との面会を妨害され、これにより、弁護士としての職務を全うすることができず、あるいは、時間を無駄に費やす結果となり、相応の精神的苦痛を被ったものと認めることができる。

(二) 被告らは、一方の側の法的見解が誤っていて、右見解に基づく言動が他方の側の行為の妨げとなったとしても、法的処理ないし金銭賠償に適しない分野があるところ、面会をめぐる本件のトラブルは右の分野の争いであるなどと主張するけれども、右は独自の主張であって、到底採用することができない。

(三) そして、前記二で認定した面会妨害行為の態様、原告らと被告らの面会についての折衝の経過などを総合的に考慮すれば、本件各面会妨害行為により原告らがそれぞれ受けた精神的苦痛を慰謝すべき金額は、本件各事件があった日ごとに、原告一人当たり二〇万円をもって相当であると認められる(なお、訴訟費用については、民事訴訟法六一条、六四条但書を適用した。)。

(裁判長裁判官鳥越健治 裁判官石井寛明 裁判官石丸将利)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例